メトロより愛をこめて

散れば咲き散れば咲きして百日紅

  飼いたい。ここ1ヶ月は、悪夢しか見ない。毎夜、汗びっしょりで起きるから、お風呂に入るハメになる。起きた直後は死にたくなって、その後泣きたくなって、二度と眠るものかと思う。それでも、生活が苦しいから逃げるために睡眠薬を2錠、飲んで眠る。よくもまあ、2粒合わせて小指の爪程度のものに意識を奪われるものだよね。わたしの意識なんて微弱すぎる電気信号であって、簡単に接続解除できるはずなんだけど。頭蓋開けて、その辺に落ちてるつめたいスプーンで茶碗蒸しかき混ぜるようにしたら全部終わるんだけど(カレーとか茶碗蒸しとか、ぐっちゃぐちゃにして食べる人いるよね。どうなってるの、それ?)。だから、苦しいとか悲しいとか死にたいとか全部どうでもいい矮小な事のはずなんだけど。

 それで、夢が苦しいから逃げるために起きる。実家から逃げるために知らない男の家に泊まる。知らない男の家に泊まるような女になってしまったことへの自己嫌悪で薬を飲んで眠る。夢が苦しくて逃げるように起きる。毎日12時間ずつ、逃げてるだけ。眠りすぎだから、現実世界と夢の世界の勢力は拮抗しているはずだ。侮り難し、夢。悪夢から目が覚める時に、いつも動悸がとんでもないのは、夢の中で夢から走って逃げてるからなんじゃないのか。獏、飼いたいなあ、飼ってたらいいのに、一緒に眠ってくれたらいいのに、お願いだから食べてほしい。薬の副作用で耳鳴りが止まないから、寝息を聞かせてくれたらいいのに。毎日毛並みを整えてつやつやにして、ふかふかの毛布で包んであげるのに。

でも、もしかしたら、獏、飼ってるのかも。

あの子が食べきれなかった分なのかもしれない。この前食べきれてなかった分……

 

 

  眠れないで、いつも通りベッドに横になってた。薬を飲んだのに、なんだよ、「強い薬に変えて」って言ったじゃん。大差ないじゃん、なにあの医者。寝返りを打って、身体の左側を下にすると、勉強机の方を向くようになる。基本的にわたしは、身体の右側を下にしているから、イレギュラー。なんだかすごくうるさい。無機質なテノールがなんか言ってる。勉強机の上のラジオの光……わたしは部屋を真っ暗にして眠るから、ラジオの赤い小さなランプが宙に浮かんでいた。いや、そもそもわたしの部屋にラジオなんかあったかな。音が鮮明になってきて、そのテノールは中年男性のものだと思った。白髪混じり、もはや黒髪混じりの髪をぴっちり撫でつけて、よほど人生がつまらないのだろう、そんな声をしていた。ラジオのくぐもった感じ、そういうのはなかった。耳元で言われてるように、空気を震わせている音がした。

深夜から早朝のラジオは、明日の天気、文学作品の朗読、堅めの対談、と相場が決まっている。眠れないことだから、聴いてやろうと思った。うとうとして、すごく厭世的な気持ちだった。

「昨日は、これから異様な女性がこちらに歩いてくる模様です」

「ふたつ並んだ月が、鏡合わせの陽気になるでしょう」

「絶対に外出してはいけません、わたくしどもが誰もを探します。深夜8時です」

 

どう考えても異常だった。このラジオを切らなければいけない気がして、急いで起き上がろうとした。閉じていた目を開けて、上体を起こそうとして……起こした。12時間のうちの切り替えが起きたんだろう。ラジオなんかなかった。深夜だったはずが午前中だった。空が青すぎて死のうと思った。

 

 

お願いだから、平らげてしまってくださいね、おやすみなさい。